5.フォレスタとの出会い
フォレスタにはどのように出会ったのですか?
たまたま父か母がテレビを見ていて、その画面にフォレスタが映っていて、「こんなグループがあるんだ。面白いな」と思ったことが凄く記憶に残っています。
クラシックとポップスの中間という感じで、何故かわからないけど自分がそこで歌っているイメージが出来て、「私はこのグループにご縁があるのかもしれない」と思えました。
こういうのが私のやりたい事なのかも……と思ったのですが、それもしばらくしたら忘れて……。
そうこうしているうちに、もう一度東京に出て、たまたま手に取ったブラーボを読んだら、後ろに小さくフォレスタのオーディション記事が載っていて。
それが2月初めぐらいで、締め切りが2月9日でした。
いそいで友達に伴奏を頼んで、音源を送ったら一次に受かった、というのがきっかけです。
自分で海外の先生にコンタクトを取って会いに行ったり、短期間でフォレスタのオーディションの準備をしたり、行動力がすごいですね。
それは、親の影響も多々あります。
小さいころからコンサートやイベントに連れて行ってくれて、参加コーナーとか前に出るコーナーでは、恥ずかしいということは許されなくて、前に出ていくように育てられました。
おかげでやりたいという自分の気持ちを表にどんどん出せるようになっていたと思います。
また、その想いを受け止めてくれる大人も周りに多くて、「何かをしたいです」って言った時、受け止めて必ずレスポンスを返してくれました。
そういうところには恵まれていて、「声を出せば誰かが拾ってくれて、無理じゃないんだ」と思えるようになったと思います。
フォレスタは現在何名ぐらいで活動しているんですか?
コンサートメンバーは男性が5名、女性が7名、ピアノが2名です。
番組収録(BS日本心の歌)になると編成が変わります。
フォレスタが取り組む曲は文部省唱歌とかが多いような気がします。
そうですね。叙情歌から演歌、ポップスまで幅広く歌っています。
美しい日本の言葉、日本の旋律を次世代に歌い継ぐというコンセプトになっています。
フォレスタの活動の中で印象に残っている事はありますか。
フォレスタに入る前はプロとして活動しておらず、バイトで歌ったり学生の延長みたいな感じだったのですが、フォレスタは在籍メンバーが名門大学トップのすばらしい人ばかりだし、演歌を歌わせたらこの人しかいないとか、日本トップレベルのオペラ歌手だったり。
もちろん基礎は音大でしっかり学んでいて、歌う曲にあわせた歌い方ができる人ばかり。
とにかく皆のレベルがとてつもなく高いです。
そんな中、私のような何もしていなかった人間にとっては、あまりにプロ意識の違いがありすぎました。
稽古なんてせずに、せーので一発で合うのが当たり前で、歌えないなんて許されない世界。
私はソルフェージュが苦手だったので、最初のうちはブルブル震えながら歌っていました。
他の皆さんは音楽人としての経験もキャリアも圧倒的に長いので、気が引けつつやるしかなくて、当たって行った覚えがあります。
《フォレスタメンバー》
フォレスタに参加して4年程経過しましたが、プロとして活動していく中で考え方等は変わってきましたか?
エンターテイメントの世界はもちろん表向きは華やかではありますが、それを続けていくための大変さを感じています。
プロである以上は歌えるだけではだめで、トークや見た目、日頃からの発信であるとか、お客様に楽しんでいただけるにはどうしたらよいかなども意識するようになりました。
自分は今フォレスタの中では一番若手ですし、とにかく元気印で頑張らないといけない。
なにより自分のキャラクターで立ち位置も考えて、グループに貢献できるように日々考えて活動しています。
コロナ過でのフォレスタの活動について教えてください。
フォレスタのお客様は、高齢の方が多く、実際に会場に足を運んで聴いてくださる方が多いんです。
コロナ禍ではなかなかコンサートが開催しにくい状況になっており、お客様も今は我慢して自粛されている状況です。
私達も色々考えて動画の配信等、積極的に取り組んでいます。
ただ、やはり高齢の方は、スマホやインターネットには疎遠な層でもあり、なかなかそこにたどり着けないという難しい面があります。
今後徐々にコンサートが出来るようになれば、これまでのように決まったパッケージだけではなく、会場に合わせて少人数編成にするなど考えている所です。
是非、ハートピア春江でも開催してほしいですね。
実は、北陸ではフォレスタのコンサートにあまりお客様が入っていないんです。
東京や九州はお客様も入るし、なによりコンサートが凄く盛り上がるんです。
福井のお客さんは静かに聴いているお客様が多いみたいです。
今はコロナで公演延期も多く、なんとか開催できてチケットも売れているのに、いざとなると空席が多かったりして。
やはり、今は皆さん楽しむ雰囲気にならないのかもしれません。
昔は握手券付きのCDも売っていましたが、今はもちろん出来なくて、直接お会いできないなると、なかなか出来る事も限られています。
そんな中でもお客様との触れ合いを模索し、先日はCDをお買い求めいただいたお客様に電話するという事もしました。
すごい!生電話付ですか!
CDを買ってくれたお客様と2分間だけ電話でお話しするとか。
とにかく試行錯誤で取り組んでいます。
6.故郷への想い
それでは、最後に地元の三国や坂井についての想いをお願いいたします。
私がここにいるのは、その時々に支えてくれた人たちのおかげです。
声楽の小原先生、バレエの先生、ソアーベの先生とか。
私は手を差し伸べてくれた人にものすごく恵まれて、ありがたいと思っています。
ただ、東京などの大都市に比べるとやはりチャンスも情報も少ないと思うので、例えば昔の私のように、歌の世界を目指す若い人に対して自分の体験を話すなど、このインタビューもその一つですが、道しるべとなるような活動もしていけたら良いと思います。
三国は自然や文化の素晴らしさがあるので、内面的なものをそこで磨いて、そこから羽ばたける可能性を秘めていると思います。
私にとっては、戻って来ることができる故郷なので本当に心の支えになりますね。
私は日頃から福井県三国人であることを主張しながら活動しています。
私がここで生まれて育ったことを広く知ってもらいたい。
私にとっての愛すべき故郷です。
【2021.08.23 インタビュー】